潮が変わるまで、船は動けない。
瀬戸田の港には、かつて「しおまち」と呼ばれる時間があった。風向きや潮の流れが変わるのを待つあいだ、各地からの船が岸に並んだ。降り立った船乗りたちは、見知らぬ者同士で言葉を交わした。
遠い土地から運ばれた香辛料や織物が岸に並び、異なる海を知る者たちが、それぞれの知恵や習わしを持ち寄った。どこから来たか、何を信じているか。そういうことを問わず、ただ同じ時間を過ごすなかで、考え方や生き方が行き交った。

堀内家の土間に、九谷焼の大皿がある。
この邸宅をかつて治めた堀内家は、製塩業と海運業で栄えた商家だった。各地の港を結ぶ廻船問屋として、遠くの土地との交易を重ねるなかで、海を渡って美しいと思ったものを手元に置いた。
加賀の国で焼かれたその大皿も、そうして瀬戸田へ届いたものだろう。この土地のものではない器が、今もAzumi Setodaの食卓に使われている。

夜、席に着く。
瀬戸内の魚が、柑橘の香りをまとって現れる。次に、島の野菜が土から引き抜かれたばかりのように、静かにやってくる。同じ食材でも、料理人が持っている価値観や、その土地の風土によって、魅力の引き出し方はまるで異なる。ある料理人は素材の力強さをそのまま立たせ、別の土地の知恵では時間をかけてその奥にある甘みを連れ出す。
Azumi Setodaのコースは、一つのジャンルに収まらない。一皿ごとに意図があり、その積み重ねが一つの道をつくる。なだらかな場所があり、少し険しくなる場所があり、開けたところに出たと思えば、また静かな木陰に入る。
それがどこへ向かうのかは、歩いてみないとわからない。

季節が変わるたびに、厨房の風景は動く。
新しい漁師が魚を持ってくる。山のほうから、名前も知らない野菜が届く。堀内家から受け継いだ器は変わらないが、そこに盛られるものは、来るたびに少し違う表情をしているかもしれない。
潮は変わり続ける。
かつてこの港に寄った船乗りたちが、また潮を待ってここへ戻ってきたように。この食卓もまた、訪れるたびに少し違う顔で、ここにある。