物語

土地と人をつなぐ、Azumiという存在

土地に刻まれた歴史や文化、暮らす人々の営み。そこから生まれる作物や風習、長い年月の中で育まれてきた生活のかたち。Azumiは、その土地にまつわるさまざまな物事をつなぐ存在でありたいと考えています。

「Azumi」という名は、古代に海を越えて往来し、各地へ移り住んだとされる海の民「あづみ氏」に由来します。彼らが各地をつなぎ、異なる文化や知恵を運んだことで、この国の文化は育まれてきました。その流れは、今も続いています。

遠くから眺めるだけでは、土地の声は聞こえてきません。守り継がれてきたものに敬意を払い、訪れる人とともに、Azumiは土地の魅力をあらためて見いだしていきます。

海の風景

過去と未来をつなぐ、瀬戸田の物語

一:起源

瀬戸田が育んだ、豪商の歴史

17世紀の初頭、瀬戸田に一つの家が事業を始めました。堀内家です。瀬戸内海のほぼ真ん中に位置する生口島は、北海道まで続く北前船航路の要所。海運と製塩で財をなした堀内家は、約2世紀にわたってこの土地の繁栄とともに歩んできました。

1876年、その堀内家が住まう邸宅が建てられました。当時の京都の大工をはじめとする最高の職人と技術、材料を全国から集めて作られたこの邸宅は、品質においても造形においても、世界的に見ても非常に高い水準のものでした。

それから150年。堀内家の記憶を宿したまま、この邸宅はAzumi Setodaとして受け継がれました。海運と交易でさまざまな文化や人をつないできたこの土地で、新たな旅人を迎えながら、その歴史の続きを歩み始めています。

堀内邸の外観

二:建築

堀内邸の意匠を、丁寧に復元する

邸宅の改修を手掛けたのは、京都を拠点に活動する建築家・三浦史朗氏です。数寄屋造りの日本建築の専門家である彼は、16世紀まで遡る茶道のルーツに根ざした美学と、現代の多様性のある暮らしとのバランスを取りながら、これまで様々な建築を生み出してきました。

数寄屋造りは、格式や豪華さを嫌い、質素で簡潔、かつ自然の素材をそのまま使う自由さを特徴としています。型や定まった形式がなく、歴史ある考え方でありながら、新しい技術を統合できる柔軟さを持っています。

Azumi Setodaは、堀内邸の建築意匠を尊重しながら、改修によって復元された形です。建設から150年が経過した今も壊れず建ち続け、非常に薄く繊細な障子紙などの細部まで復元が可能だったことは、当時の職人たちの技術力の高さを今に伝えています。

三:空間

鞠垣から着想を得た、境界の美学

改修において三浦氏が大切にしたのは、木、石、土といった素材を生き物として扱うことでした。海が近いこの土地の湿気や風、光を考慮しながら、自然が織り成す環境と調和した空間がつくられていきました。

その中心にあるのが、鞠垣から着想を得た高い垣根です。鞠垣とは、かつて神宮たちが蹴鞠の儀式を行う際に用いられていた仕切り。外部との境界を作るために非常に高く作られたその垣根が、各部屋、ダイニングスペース、ラウンジ、東屋それぞれに異なる表情を与えています。

パブリックとプライベートが段々と変化していく空間。それぞれの客室には専用の坪庭やバルコニーがあり、内と外を行き来しながら、風と光を自然に取り込むことができます。落ち着きと静けさの中に、この土地の自然が息づいています。

鞠垣の細部

四:未来

瀬戸田の文化を、世界へつなぐ

Azumi Setodaの向かいには、同じ思想を持つ宿泊も可能な公衆浴場「yubune」があります。旅人にとっての一時的な休憩所であり、地域の人々との交流の場でもあるyubuneとともに、Azumi Setodaはこの町の風景の一部であり続けます。

人が訪れ、語り、再び戻ってくることで、この場所の価値は更新され続けていきます。瀬戸田という土地が持つ文化的なルーツを受け継ぎながら、訪れる人にこの土地と自然につながる入口を提供すること。それが、Azumi Setodaの使命です。