海が育んだ、信仰と風土を辿る

海が育んだ、信仰と風土を辿る

  • #体験

瀬戸内には、昔から「神の島」と呼ばれてきた島がある。

生口島のすぐ隣、大三島(おおみしま)。島の中心には、山と海を守る神を祀る古社がある。その創建は奈良時代にまで遡る。橋もなく、船の往来も容易ではなかった時代に、人々はわざわざこの島へ渡り、ここに社を建てた。

なぜこの場所だったのか。その問いを胸に、島へ渡る。

その古社が、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)だ。

祀られているのは、山を守り、海を守り、戦いを司る神——大山祇命(おおやまづみのみこと)。古事記・日本書紀には「山の神」と記されているが、別名を「和多志の大神(わたしのおおかみ)」ともいい、「わた」は海を意味する。山の神でありながら、その名前の中に海が宿っている。

大山祇神社は、朝廷からは「日本総鎮守(にほんそうちんじゅ)」の号を賜り、全国に一万社以上ある大山祇命を祀る神社の総本社とされている。

参道を歩き、境内へ入る。

境内の中央に、樹齢二千六百年を超えるとされる楠の大木が立っている。幹に手を触れるでもなく、ただそのそばに立つだけで、積み重なってきた時間の厚みが、静かに伝わってくる。

古くから、この神社には各地の武将たちが武具を奉納してきた。源義経、河野通信、そして村上海賊。海を渡り、この地に生き、戦った者たちが、それぞれの祈りをここへ持ち込んだ。

宝物館には、歴代の武将が奉納した武具や甲冑が数多く収蔵されている。日本各地から集まったそれらは、国宝・重要文化財に指定されるものも少なくない。

参拝を終えたあと、神社の裏手から安神山(あんじんさん)へ続く山道を歩く。展望台に出ると、瀬戸内の海が広がる。橋が島と島をつなぎ、その向こうにまた島がある。

光が、やわらかい。その時、ふと気づく。

瀬戸内は、南北を四国山地と中国山地という二つの山脈に挟まれた地形をしている。季節風は山を越える際に水分を雨として落とし、瀬戸内へ吹き込むころには乾いた風になっている。だから、雨が少なく、晴れの日が多い。

島全体には、山から吹き下ろす風と海からの風が交わり、心地よい空気が流れている。土は、離島としては珍しいほど豊かだ。

古代の人々がここに特別な何かを感じたことが、理屈ではなく、身体でわかるような気がしてくる。

神社を後にして、島の道を走る。

道の両側には、みかん畑が続いている。この島の暮らしを長く支えてきた柑橘の木々だが、農家の高齢化とともに、手入れされなくなった畑が少しずつ増えていった。

その土地を再び活かすかたちで生まれたのが、「大三島みんなのワイナリー」だ。

醸造所の扉を開けると、発酵の香りが静かに漂っている。樽の前に立つと、ここで時間をかけてつくられているものの重さが、少しだけ伝わってくる。

大山祇命は、酒造りの祖神とも伝えられている。神話の中で、娘の木花開耶姫(このはなさくやひめ)に子が生まれたことを喜び、穀物から酒を醸したのが酒造りのはじまりだという。

その神を祀るこの島で、ワインが生まれていることは、偶然とも言い切れない気がしてくる。

信仰もワインも、この土地が長い時間をかけて育ててきたものだ。人の手が加わりながら、しかし根本のところでは、土地の力に委ねられている。

大山祇神社の境内で感じた時間の厚みと、醸造所で感じた発酵の静けさは、どこかで同じものを指しているような気がした。